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2022/09/23

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◆「自閉症スペクトラム症」の新米弁護士を描く 鄭 憲さん(アジアン美容クリニック院長)◆

 自閉症スペクトラム症の新米弁護士を主人公にした韓国ドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」が、動画配信サービスのネットフリックスで配信され、世界的に人気を博している。社会問題を反映した訴訟を痛快に解決していく姿が描かれている。鄭憲・アジアン美容クリニック院長にドラマ評を寄せてもらった。

 今やエンターテインメントの世界では、一つのジャンルとして確立した韓流コンテンツ。動画配信サービスの拡大に伴い、ドラマ分野でも世界的な評価を受ける作品も登場してきた。記憶に新しいところでは、大ブームを巻き起こした「イカゲーム」は、今年度米国エミー賞6部門での受賞が伝えられたが、そもそも非英語圏のドラマがノミネートされること自体が初である。

 社会現象まで起こした「イカゲーム」のような爆発的なインパクトはないが、この夏に配信され、韓国はもちろん、世界各国で話題のドラマがある。天才的な記憶力と思考力を持つ自閉症スペクトラム症の新米弁護士の成長を描いたヒューマンコメディー「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」だ。

 「自閉症」という言葉はよく耳にしても、「自閉症スペクトラム症」は聞きなれない表現だろう。〝スペクトラム〟とは分光器で光を波長ごとに分解し並べたものを指すが、この場合、色の濃淡がグラデーションで変化していく帯をイメージして欲しい。精神医学で定義する「自閉症スペクトラム症」も症状の軽いものから重い(明確な)ものまで、一連の流れを集合体として捉えた意味として、そこに属する病名である。この枠組みで、さらに個々の患者によって症状の程度、パターン、知的レベルや言語能力などの特徴が異なることを考慮し細かく分類、診断する。


つづきは本紙へ

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  • 5.00

    アイドルとは何かを描いた傑作

    C_foot

    ゾンビランドサガリベンジは2期ではありますが、続編ではなく2クール目と言った方が正しいです。新たな物語としての続編ではなく、1期の12話に入らなかった物語を中心に描いています。1期の人気を受けて「リベンジ」を制作していることは間違いなく、「リベンジ」の最終回は1期を含めた全24話の最終回と考えるのが妥当です。つまり、「リベンジ」は1期のカウンターでありながらも、お互いに同調して切り離すことのできない構成になっています。「リベンジ」の真価はそこにあり、ここを誤解している方は多いと思います。(大抵の批判で見られる1期のテーマと少し違うから嫌だという批判は確かにその通りですが、制作側は確信犯的にコレを行なっており、「リベンジ」を1期の続編として捉えすぎている気がします。)とは言っても、もちろん「リベンジ」にも続編としての要素はあります。さくらに対する幸太郎の想い、愛と純子の友情、たえの成長、より迫力を増したライブシーンなどが該当します。「リベンジ」には続編として楽しむにはこれらが十分なほど含まれています。1期からのファンに対するサービス精神満点であり、期待のハードルは超えています。その上で「リベンジ」には1期にはなかった要素が追加されています。最終回まで見れば、それが何であるのか理解できるはずです。ですが、それを見つけるにはまずは1期を理解しなければなりません。以下からはネタバレ込みです。1期の大きなテーマは失ってしまった過去にどう向き合い、どうやって今を力強く生きるかです。既に死んでしまったゾンビであるフランシュシュが、アイドル活動を通して生き生きとよみがえる姿を丁寧に描きました。その中で死の重みを時には軽くし、時には重くすることで見る人に生の実感を改めて思い起こさせ、感動を呼びました。ここでゾンビという設定は有効に機能しています。それは死者でありつつも生きていること、社会から外れた存在であることです。前者は先ほど述べたとおりですが、後者は意外と見落とされています。フランシュシュはゾンビバレを防ぐため、その多くの時間を洋館で過ごし他者との接触を避けます。これにより、10代後半の女子でありながら、他の作品では避けて通れない学校や家庭の場面を回避できます。この設定は話のテンポ間にも繋がっており、クローズドな空間でドラマが展開され彼女らの内面の動きにより焦点を当てることのできる、見事な設定だと言えます。1期の終盤で描かれるさくらの立ち直りは1期のハイライトであり、それを象徴するシーンでしょう。また、人が少ない佐賀県が舞台である点もこの意味では利点として働きました。つまり、1期ではゾンビという設定が彼女らの心の葛藤を印象的に描くことに成功しました。しかし、それにより作中で登場する「社会」とはアイドル活動のみになってしまいました。もっと言えば、なぜゾンビがアイドルたりえるのか、佐賀県はそれとどう関わるのか、いった要素が含まれていませんでした。もちろん、それは12話では尺が足りなかったからなのですが、「リベンジ」では続編としての形を取りながらも、1期で描かれなかった部分を再度描く、まさしく1期にリベンジするという意味が込められているのではと思います。1期のカウンターから生まれたのが「リベンジ」なのです。それはテーマだけの話ではなく、ゆうぎりの過去や幸太郎の新たな一面を描くという意味でもあると思います。「リベンジ」のテーマについて踏み込む前に「リベンジ」のどこが1期のカウンターであったのかを確認します。各話では<カウンター>と<続編>の要素が混在していますが、大雑把に分けると以下のようになります。<カウンター>: 1話、2話、7話、8話、9話、12話<続編>: 3話、4話、5話、6話、10話、11話 1話には完璧超人であった幸太郎の挫折があります。プロデューサーの談話によると幸太郎を超人で終わらせたくなかったと述べており、1期の幸太郎を意識した上での展開であることは明確です。 2話では、サキの過去の思いが中心となる回です。1期の9話で過去の因縁話はありましたが、もう一度描いたことには意味があります。言ってしまえば1期の9話では過去の因縁は薄く、現在のアイドルとしてのサキの姿を中心に描いており、サキ自身の過去の因縁は他のキャラクター(万梨阿、麗子)に置き換わっています。対して「リベンジ」ではホワイト竜への思いやラジオの思い出を登場させることで、サキ自身の物語を得ました。本来なら1期と「リベンジ」のサキ回は逆に配置されるのが、全体の構成から考えると妥当と言えます。 7話では一度も登場しなかった学校が登場します。また舞々がフランシュシュに加入するエピソードでもあり、フランシュシュは内部に籠るだけでなく、社会や外部と接触することをさらに印象づける話でもあります。なぜ舞々がフランシュシュを去ったか、彼女にゾンビだとバレる展開が必要だったのかについては「リベンジ」のテーマに関連するので後述します。 8話、9話はゆうぎりの過去回想回であり、説明するまでもなく1期のカウンターとして働いています。ここで注目したいのはゆうぎりは不慮の事故ではなく、自ら犠牲となっている点です。他のメンバーは不幸な死を乗り越えることが描かれますが、ゆうぎりにはそれが無く、むしろゾンビになったことで自由を得たとも言えます。メンバーの中で唯一初めから成熟しているのは、佐賀や仲間を大切にしたいという気持ちを変わらず持ち続けているからです。 12話の1期とリベンジの大きな違いは、誰の目線でライブが描かれているかです。1期ではさくらの目から見たアルピノでのライブ(特に「ヨミガエレ」)が描かれており、見る人にとってはさくらの気持ちを追体験できるものになっています。反対に「リベンジ」ではライブ冒頭にカウントダウン演出が入り、フランシュシュの目線ではなく観客の目線が大きく取り上げられることで、見る人はあたかも観客の1人であるかのようです。1期ではさくら内部の心の葛藤が中心であるのに対して、「リベンジ」では観客目線から見たフランシュシュが強調して描かれます。 続編の要素についても軽く触れます。 3話、4話では愛と純子の成長が描かれます。1期ではメンバーでのアイドル活動に戸惑いを見せていた純子は「リベンジ」では自らの殻を破り愛を取り戻します。また、愛もトップアイドルを目指すという思いをフランシュシュの中(特に純子)に再度見いだします。5話ではリリィの活動の幅が広がり、子供たちの人気を獲得します。6話ではたえが佐賀の人々と触れ合いながら、ボートレースで借金を返す役割を担います。10話、11話ではリベンジライブ前の話が時系列に沿って描かれます。その中で大木場のフランシュシュへの追求の結末や、幸太郎の隠された想いが明かされていきます。このように、「リベンジ」では1期の続き(キャラクターの成長、関係の進展)だけでなく、1期に足りなかった物語(キャラクターの新たな一面、外部の目線)も含まれています。では、どちらの要素が多いのか? 私は「リベンジ」は後者の要素が大きいと考えます。1期と「リベンジ」は2つで1つの大きな物語であり、1期があったからこその「リベンジ」であり、「リベンジ」の存在があることで1期の独創性もまた鮮明になっていきます。全体を振り返ったところで「リベンジ」の描いた、1期にはなかったテーマが見えてきます。それは外部や社会との接続です。 1話からフランシュシュはまさかのアルバイトを行っています。社会との接点はアイドル活動のみだった1期とは大きな違いです。1期の9話で幸太郎がサキに話した内容からも分かる通り、1期の間では生きている人間とのコミュニケーションはアイドルの時だけであり、それ以外はご法度でした。しかし、2期では借金返済に迫われたフランシュシュの面々は自らが働くことを決心します。幸太郎がいなくても(アイドル活動ができなくても)、何もしないよりは少しでも働いて借金を返そうと考えたのです。はじめ、彼女達は働くことはアイドル活動を再開するためであり、あくまでお金を貯めるためと考えていましたが、佐賀の人たちと触れ合った経験は無駄ではなかったことが物語終盤に展開されていきます。同じく、2話のラジオパーソナリティ、7話の舞々の加入、11話の避難所生活も同じく1期にはなかった外部や社会との接点です。佐賀県という舞台設定は、1期では実在の場所を活かすことで登場人物の存在感に貢献していましたが、「リベンジ」では佐賀に暮らす一般の人々と直接触れ合うことそれ自体を重点に置いています。 この外部や社会に積極的に繋がることで、「リベンジ」では死者としてのゾンビ性は薄まり、生者としての人間性にフランシュシュは近づいていきました。ある意味、コンセプト放棄とも取れるこの展開を批判する声もあるようですが、私の考えはそうではありません。むしろ、「リベンジ」の結末を迎えるにあたって、これらは有効に作用しています。それはゾンビがなぜアイドルをするのか、佐賀県はアイドル活動にどう関わるのかという、1期を含めたゾンビランドサガの物語だけが到達した地平に繋がっていくからです。「リベンジ」の12話で幸太郎に言ったさくらのセリフに次のものがあります。さくら「私たちはいつまでもどこまでも戦い続けるアイドルゾンビです」ここで、さくらはアイドルとゾンビを分けず、フランシュシュをアイドルゾンビと述べています。アイドルとゾンビは異物同士ではなく、フランシュシュにとってはこの2つは並列的で同じものであると宣言しているのです。このセリフこそがゾンビランドサガの物語が到達した答えです。1期ではゾンビだけどアイドルである、ということに焦点が当てられ、2つの概念には一定の距離感がありました。ゾンビになってしまっても夢を諦めないことが描かれ、マイナスからの這い上がりが描かれました。対しては「リベンジ」では、ゾンビはマイナス面として描かれず、アイドルとゾンビはより近づいていきます。 それを象徴しているのが11話でゾンビの素顔がバレてしまった時です。フランシュシュはゾンビの素顔を見られましたが、アイドルとして受け入れられました。このシーンの解釈として、フランシュシュが避難所の子供と仲良く接したから怖い素顔でも受け入れられた、と考えることはやや安直でしょう。アイドルがなぜアイドルなのかは、アイドルが生きているかどうかは関係ない、人々が信じる偶像(idol)こそがアイドルの本質であることを描いた、そう捉えるべきシーンだと思うのです。この後のシーンで、愛はゾンビであることは嘘である、という嘘をつきフランシュシュであることを演じます。本当の姿がゾンビだったとしても、フランシュシュというアイドルを演じることで、初めて彼女達はフランシュシュになれるのです。幸太郎の「正体が何であろうと、今のフランシュシュの姿こそが真のアイドルの姿だと思います」というセリフは、これを端的に表しています。ここにゾンビとアイドルは、生者でもなく死者でもない存在であるという点において、一見すると奇妙な一致が見て取れます。つまりアイドルの本質はゾンビであり、ゾンビだからこそアイドルになれるという隠されたテーマが浮かび上がるのです。これこそがゾンビランドサガだけの到達点です。1期では隠されたテーマであり、「リベンジ」の物語において明かされるテーマです。これを描くためには生きている人との営みが必要です。アイドルの本質を描くにはそれを信じる外部の目線が必要であり、その本質が表面化することでゾンビという設定が強く活かされます。社会と関わることで生者としての人間性を高めても、ゾンビであることには変わりありません。むしろギリギリまで生者に近くても生者になれない、死者である存在がフランシュシュであり、アイドルの本質なのです。彼女達の存在は生き返ることのない死者としてのゾンビ、手を伸ばしても届かない憧れの偶像としてのアイドル、両方の面を備えているのです。(実は1期の8話でこのテーマは既に描かれています。リリィはアイドルになることで、パピィに想いを伝えることができました。手が届かない存在という意味で死者とアイドルは強く結びついています。アイドルとしてのリリィの姿を見たことで、パピィは息子が亡くなったことを理解しながらもリリィが息子本人であると信じられるのです) また、舞々がフランシュシュに残らなかった理由もこれに関連します。舞々はフランシュシュは一度死んでしまっても頑張って生き抜いているからこそ強さがあると知ります。アイドルになるためには、彼女達のようにまずは現実を力強く生きなければならないのです。言い換えると、フランシュシュになるにはゾンビにならないといけないのです。生前の過去と向き合って死後の現在を生きる、ゾンビのような強さがなければ、偶像としてのアイドルは成立しないのです。生きているかどうかはアイドルの本質とは関係なく、むしろゾンビだからこそアイドルたり得るのです。アイドルのさくらとそうではない舞々の違いを描くために、舞々にフランシュシュがゾンビであることがバレる展開をわざわざ用意したのです。フランシュシュがより大きなアイドルになるには、それを信じる社会である佐賀が必要になります。「リベンジ」の12話では彼女達がこれまで関わってきた佐賀の人々(佐賀以外もいます)が集まることで、リベンジライブを成功させます。「リベンジ」の今までのエピソードは全て12話のためにあったと言えます。彼女達は1期では自分達の自己実現のためにアイドル活動を行ってきましたが、「リベンジ」では佐賀のためにライブを行いました。この違いは、そのままライブの規模に繋がっており、多くの人々がフランシュシュを応援することで、フランシュシュのアイドルとしての存在は1期よりも大きなものになったのです。フランシュシュは人々が信じる偶像だからこそ、応援する人々の力だけフランシュシュはより高みへと上り詰めることができたのです。この時のライブの演出は1期のさくらの心情に寄り添うものではなく、フランシュシュを外から見る観客目線であることも、アイドルの本質を描こうとしているからです。佐賀を救う思いにより、フランシュシュはあの瞬間、さくらがいつか夢見たアイドルになることができたのです。ここで、普通のアイドルものになったという批評には私は賛同できません。ゾンビランドサガ以前の多くのアイドルアニメは、アイドル活動を職業としての仕事か部活の団体競技としか捉えず、アイドルの本質を描いていたとは言い難いです。それはどこまでいっても、顧客を相手にするサービス業か仲間との青春スポーツでしかなく、アイドル要素は薄いのではと考えます。ゾンビランドサガはゾンビを持ち出すので、一見イロモノに見えるかもしれませんが、ここまでアイドルの本質を描いた作品はありません。むしろ作品のテーマから言えば、ゾンランドサガこそが王道のアイドルアニメと言えるでしょう。まとめると、1期ではゾンビの設定を上手く活かした自己実現の物語であり、この時のアイドルとは自己実現の手段でした。対して「リベンジ」ではゾンビ性を薄めて外部との交流を増やすことで、アイドルの本質を描くことに成功しました。1期と「リベンジ」の物語からアイドルの本質はゾンビであり、ゾンビだからこそアイドルになれるという、アイドル論が展開されていきます。つまり、ゾンビランドサガはアイドルの本質をアニメならではの表現を活かして描いた傑作です。

  • 3.00

    だんだんフツー

    yoan

    ※予備知識ゼロで1期2期を一気見。※2期まで全話視聴後のためネタバレ含。まず、1期1話を見た後、2話に向かうハードルが高い。「よく分からない」始まり方をする作品は少なくないけど、2話につながる「つかみ」がほとんどないまま1話が終わる。幸太郎のエキセントリックキャラを目の当たりにして半分疲れ、半分 宮野氏の喉が心配になる。一気見すると決めたにも関わらず、正直 次見るか迷った。が、「伝説の山田たえ」のくだりで不覚にも笑ってしまったので、それだけを頼りに? 2話を見る。「小数点以下」「少なめ」「てめえ どこ中」で笑う。ギャグのセンスが自分に合っている。佐賀ではないが方言も近い。これは最後まで行けそうな気がする。宮野氏の喉は心配だが。それ以降「ゾンビギャグアニメ」として面白さが増していく。と・こ・ろ・が後半に進むにつれて「アイドルもの」要素の方が前面に出てくる。ゾンビギャグ要素が少しづつだけど薄れていく。元々「ガチのアイドルものでは既存のあれやこれやとの勝負が厳しいからゾンビやギャグの要素を入れたんだろうな」と思っていたけど、どうやら1番描きたかったのは やはり「アイドルもの」だった様で、だんだんその「既存のあれやこれやとの勝負が厳しい」状態に近づいて行く。 話自体は悪くないんだけどね。そしてその傾向は2期にも引き継がれる。極めつけは、幸太郎がヘタレる。これは要らなかった。幸太郎だけは理不尽にブッ飛んだままでいて欲しかった。この作品の「屋台骨」は、ブッ飛んだ朝ミーティングだと確信している。その後 幸太郎復活するも、それ以降 明らかに当初のボルテージがない。一気見したからすぐ分かる。 宮野氏の喉を心配しなくなるほどの違い。「フランシュシュを評価し信頼する様になったから必要以上に焚き付ける必要がなくなった」と言えばその変化もアリだけど、それでこの作品の屋台骨が細くなってしまったのは、とても残念。そしてゾンビ要素は「メークが大変」程度の弊害になり下がり、エッジの効いたギャグも鳴りを潜め、災害復興チャリティというある種実力以上の集客力を以て、見た目大盛り上がりで大団円?を迎える。情報は知らないけど、たぶん3期やるんだろうね。まだ実力で大入を勝ち取る余白は残してあるみたいだし、なによりまだゾンビになった経緯が描かれてない人がいるからね。でも、細かい回収は要らないからね。やたら「伏線回収」なんて言葉が飛び交う昨今だけど、この作品に限っては野暮に思える。1期温泉営業の足湯のシーンで「日本は火葬なのに」と、ある意味 この作品最大級のツッコミを愛が入れるけど、その説明なんか要らないからね。説明するなよ!絶対するなよ!

  • 2.00

    本当に本当に「もったいない」最終話だった。

    カモメ

    最終話、不満は多い。まずライブで歌う曲だが、3曲も要らない。リベンジは個人的にブラスの小洒落た感じがあまりフランシュシュらしい曲調だとは思っておらず、泥臭さが足りないので究極の逆境を描く最終話で歌うべき曲じゃない気がする。これならOPとかヨミガエレとか激昴サバイブを歌った方がよかった。輝いてはライブで披露すらしていない曲で、思い入れもなければ新曲という目新しさもないし、歌詞が深く今の状況にリンクしてるとも思えないので勿体ない。PV付けたかったから歌わせたってだけに感じる。最後の新曲は1期最終話のFLAGを彷彿とさせるような明るい曲で、1期の時と同じように未来に向かう曲として役割は十分果たせていたので唯一よかったと感じた。以上のことから、1曲目と2曲目はご都合主義で歌っただけに感じるので、その尺を巽幸太郎が泣いてるシーンで過去の回想に充てたりしてくれた方が感情移入できてよかったかなと思う。最後の曲の時にさくらの視点を映すようなシーンがあり、そこでは「幸太郎がずっとさくらに見せたかった景色が今、彼女の目の前には間違いなく広がっているんだ。」と思ったら少しうるっときたのだが、他に感情が大きく動くシーンは見られなかった。自分はゾンサガの魅力の一つに「わかりやすい演出」ってのがあると思っていて、最終話でライブを3曲もやったところでその中に大した心理描写もないとなると、歌詞だけでさくらたちの想いを全て感じ取れというのは正直無理があったと思う。そもそも新曲の方はストーリーとリンクさせることも出来ると思うが、他2曲はただの使い回しに過ぎない。今のフランシュシュの想いが乗った歌詞だからこそ、それが強いメッセージとなって視聴者の元に届く。自分含めたファンは、(たぶん)ゾンビランドサガには「アイドルとしてさくらたちが楽しく歌っている映像」を求めている訳では無いのだから、3曲をやったという【量】より、今の気持ちが乗った渾身の1曲という【質】を重視した方が良かったのではないかと思う。2期は1期に比べてストーリーに勢いがあって自分は好きな回ばっかりだっただけに、最終話にも過度に期待してしまったところがあるとは思う。だが自分が見たかったのはやっぱり「ただ楽しく歌って皆を元気づけるフランシュシュ」ではなく、「ライブ中にも起こる理不尽な逆境の中でも歌うフランシュシュ」を見ることで、『結果として皆を元気づけることに繋がっていく話』だったんだなと再認識した。1期最終話のアルピノ崩壊はやり過ぎだという意見もあったりするが、そもそもあれがやり過ぎだと思うような現実主義な人にとっては、このアニメは開始5分でリタイアになるはずだ。3曲も歌っているのにライブCGはただ小綺麗な映像が垂れ流されるだけで、ライブ中の感情の描写がほとんど無く、1期のヨミガエレとは比べ物にもならない。あと細かいところに突っ込んだら負けな作品だとは思うけど、数日前まで地元住民はランタンを使っていたはずなのにライブ当日に巨大モニターを動かす電気はあって、皆がペンライトを持って応援していたのはさすがに雑すぎる。今回の災害については豪雨の影響なので、(書いていて自分でも笑えるほど不謹慎極まりないのだが)また雷を落とすとか幾らでもやりようがあったと思うし、そういういつも通りのやり過ぎなぐらいの逆境があれば、自ずとフランシュシュの感情も描写できる。なんのトラブルも無い綺麗な映像は、これからリアルライブをする上では便利だから、それを作りたい運営側の気持ちはわかる。でも、敢えてめんどくさいことを全力でやった先にしかない【圧倒的な歌詞の説得力】があるから、自分はゾンビランドサガを好きになった。一番重要な局面である2期の最終話でその一番の要が失われてしまったお陰で、それまでは凄く良かったのにも関わらず、自分のなかで最終的な評価は「普通のアイドルアニメ」に落ち着いてしまった。それが何よりも悔しく、これから他の人も勧めたいと思っていた一ファンとしては、本当に残念でならない。

  • 3.00

    商業性>作品性でいいのか?SAGA

    君臨ちゃん

    2期なので、1期との比較は基本的に不可避です。比較すると前作よりは良くないです。1期は紛れもなくアニメ作品にしかできないことをやった。【ゾンビ×ご当地アイドル(SAGA)×キャラクター設定過剰】という、攻めた世界観のなかでギャグ路線に逃げずにストーリーを紡いで作品として成功させた。また1期では、グループの活動や個々の成長をうまくSAGAに絡めた。作品として、そのバランスと斬新さがとても高く評価できるポイントであり、事実アニメにしかできないことを成立させたから☆5だった。では、2期はどうだろうか。結論から言えば「商業性>作品性」という印象を随所に受けてしまった。もはや作品性よりも佐賀が前面に出てきたり、楽曲の増加やライブシーンを見ても明らかなように「2期が終わったら絶対ライブやります」というような副次的要素を意識した制作側の狙いが作中に前のめりに出てきてしまっている。・なぜ作品性よりも佐賀が前に出てきてはダメなのか?そこに重点を置くならアニメ作品でなくていいから。アニメ作品である必要性がないから。それはアニメーションを使った佐賀PR動画であり作品ではないから。あくまでも作品性に重点を置いて、SAGAという世界観に成立させることがアニメ作品であり、1期はそのバランスがとても良かった。当然、2期は比較される。2期は、スルメを嚙み締める”かのように1期の成功体験を得て味を占め、作品性を蔑ろにしているような感じが見て取れた。それでは、そこらへんのアイドル作品と同じなんだ。「佐賀(SAGA)がサガ(SAGA)であるために」★各話の私の印象と分析★【1話】とても良い後に作品タイトルのリベンジに繋がってくるため良い。いわばストーリーの軸。【2話】良いサキ回。白竜さんはSAGAに所縁のある方であり、フランシュシュがラジオ番組を持つのも必要な展開だから良い。【3話&4話】とても良い愛&純子回。愛におんぶに抱っこだったグループの成長を描いてとても良い。ライブシーンも更に進化した。【5話】微妙リリィ回。上記にあげた「商業性>作品性」を感じた回。ライバルの大空ライト役のCVはあの高山みなみ。いくら佐賀文化会館を使ったとはいえ、アルバムやライブ用に曲のバリエーションが欲しかったのかなと思った。リリィの器用さには感銘を受けたが、内容も最終話に繋げるきっかけを作りたいだけで微妙。【6話】良いたえ回。唐津競艇場で借金返済とぶっ飛んだ内容だが、借金の完済と記者・大古場にバレるという展開が動き出して良い。【7話】最悪まず誰の回?「商業性>作品性」を最も強く感じた回。ストーリー内容が、ご都合主義のダメな方の良い例。さくら視点で「アイドル(愛)に勇気づけられてたかつての私も、今では誰かを勇気づけられる存在になっていた」この要素に特化して展開&演出していたならば違和感はなかった。でも前後の展開や演出はそうではなかった。これ完全に人気声優・花澤香菜を起用してフランシュシュと関係性を築きたかっただけだよね?花澤香菜のことは好きです。でも、この回は作品性の観点からは最悪です。【8話&9話】微妙ゆうぎり回。SAGAを知るには当然歴史も知らなければならないってことで、ゆうぎりと絡めたのだと思いますがシンプルに長い。2話分を使って膨らますほどの深みはない。「ゆうぎりのために佐賀を絡めた」のではなくて「佐賀のためにゆうぎりを使った」これが印象を言葉にした表現になる。【10話-12話】微妙EFSスタジアムでリベンジという点は、1話で広げた展開であり全体的なストーリーの帰結なので良い。それでこそリベンジであり、それはストーリーとして成立する。私が微妙だと思った点が、まず佐賀県が協力で入っていながらなぜチョイスが水害でそこからのチャリティーコンサートで「リベンジ成功」なのかという点。おそらく1話と12話でフランシュシュというグループ、巽や各メンバーの内面的な成長や変化・環境的な要素を対比にした上で、地道な活動を続けて人々の心を着実に動かし、そして自らも成長したフランシュシュが、自然災害下という集客困難な状況でも、心を動かされた人々の協力もあって、リベンジライブでは客席全体を埋め尽くすほどの大観衆を集めて、「光を失ったSAGAと人々の心に希望と感動の光を灯す」というような演出を、より印象付けるために用いられた展開だと思うのだが、何とも言い難い。ストーリーのために作品の世界観を合わせるにしても、チョイスが水害なのは何とも言い難くないか。ゾンビランドサガは、ストーリーが無茶苦茶なんてことは自明で私が唐突に常識や秩序を求めたからそういう感想なのではなくて、「サヨナラ逆転満塁ホームラン打ちたいから、フェンスを前にします」「感動的なオーバーヘッドで決勝ゴールを演出したいので、ボールの飛んだ方向にゴールを移動します」「人気のドラマ。このシーンで本当は必要ないけど雨が降っていた方が印象強いので、ホースで人口雨を作ります。(ザー)」と言われてるくらい微妙な気持ち。伝わるかな。この感情。【総括】もちろんアイドル要素が入っているので、その後のライブ等の企画も含めて商業化して収益&人気の拡大を狙えることは分かる。しかし、それは副次的な要素であり何よりもまず作品性を大事にしてほしい。2期は、その二次的要素が作品性を飛び越えて前に出てくるシーンが結構あって、制作陣も味を占めたなと結構思ってしまった。その印象が強くなると、ストーリーもクソもなくなる。楽曲ありきのストーリー、ライブ企画ありきのストーリー、人脈ありきのストーリー。そこに落ちぶれると、見る側も別にゾンビランドサガでなくていいとなってしまう。すべての感動が薄れる。せめてそれが見え隠れしないストーリーにしてほしい。作中に「佐賀(SAGA)がサガ(SAGA)であるために」とありました。好きな作品だからこそ、そのSAGAでいてほしい。【評価】星は3つです。2期はかなり世間に迎合してきたので評価は下がります。作品性の軽視がかなり足を引っ張っています。ですが、それでいて私に面白いという印象が残るのは、やはり1期2期を通して「ゾンビランドサガ」という作品の基本的な世界観が良いからでしょう。ライブシーンのCGや演出もこの数年で更に進化してとても良かった。また紺野純子ちゃんのポニテが最高に可愛かったので、その分プラスです。3期が期待できる終わり方だったので、次に期待します。

  • 4.00

    二期もやってたんだ。果たして佐賀県を救えるのか。

    西洋なすび

    結果的には、佐賀を「これっぽっち」だけは救ったようです。現実として人口、観光客増や都市化の促進、などといった面で救われたとは思えないが、知名度という点では、この作品のおかげで、これっぽっちくらいは救われている気がする。他作品とのコラボなんかやってないで、地元の商品とのコラボなんかをもっと恥ずかしいくらいやってもいい。生活描写の舞台はほどんど唐津市なのに佐賀佐賀いっているのは若干引っかかるが、一点突破なら『SAGA』の方が覚えやすいし音もいろんな意味の同音異義語と絡められる。そもそも主人公たち(幸太郎?(土佐弁だし?)、さくら、サキ、たえ?、マイマイ)の出身地であるはずの唐津市があんまりゾンサガを推していない。まあ、キャラ(主要女性)の方言は100%唐津弁なのでこの作品が広く知れ渡って唐津弁が標準語化すると「よかよね~」とか思ったりもする。地元としては、内容は置いておいても健闘してほしい作品なので「なんばしよっとね」といわれないように、「ナイスゾンビィで長期コンテンツ目指さんといかんとよ~」とでも言っておこう。------------------------------------------------------------------------------------------------まあ、作中だけなら地域を救ったような展開にはできるだろうが、実際はねえ。最初に、この作品は、佐賀県界隈で命を落としたいろんな時代の7人の少女がゾンビィとして蘇り、佐賀のご当地アイドルグループとなって、地域おこしに貢献するような、しないような不条理ギャグテイストのアイドルサクセスストーリーっぽい物語です。毎回ほぼ一話完結方式で、1エピの中に、上がったり下がったりのドラマがあって、最後はビシッと歌って解決するという黄金比構成です。特撮ヒロインもしくは魔法少女物のテイストがあります。すごいことに、1期から2年も経過しているのに、作風も絵柄もほとんど変わらない。実際に一期を初めて視聴したのがほんの数日前(2021.4)なのに、普通に続きという感じしかしない。まんま続きなので、第一期は見ておく方が良いかもしれない。二期から見ても、「この娘ら何?」となって、世界観?が理解できないと思う。まあ、変わらないってこともいいことですね。彼女らの本拠地は佐賀県唐津市の歴史民俗資料館(をアジトに見立てている)で一期の舞台も唐津市界隈が多かったが、二期は伊万里市がらみでいきそうな感じである。(伊万里プッシュはそれほどでもなかったですね)各話感想12話二期最終話。総体的には『リベンジ』ではなく『リブート』という印象が強かった。「どん底、ふりだしそれもSAGA」である。二期ではコメディ要素を抑えて、駅スタリベンジに向け着実に人脈を築く過程を描こうという流れだったのだと思う。それが一期からのファンの期待に応えられていたかどうかは定かではないが。結果オーライとはいえ、全編に不穏なゾンビばれ展開を挿入してきたのも楽しみにくかった要素だ。(複数回視聴すると不穏要素が気にならなくなるので、不評だった人はもう一度見直してみるとよいかも)多少強引だったがリベンジライブは結構よかった。選曲はともかく映像はTVアニメらしからぬ力の入りようで「おー」とか思った。選曲的にはしっとりし過ぎかな。でも最後の「がんばってみよ」の歌唱はよかよかよかったい。だった。3Dモデルはとても良くなったが、さくらだけ別物感が強いのはなんでだろう。顔の輪郭が難しいのか?『REVENGE』の振り付けでは胸の大きなキャラはちゃんと揺れているので、何度も見直して「おー」とか感心している。「~向き合うだけ」の後のさくらの横揺れが上品でかわいいので、気づいてない方は見直してあげてほしい。(衣装の違いから1話の揺れより上品な感じがする)物語としては、11話で少し突っ込んだように、乾(巽)とさくらちゃんの想いが、そもそもの事の発端だろうからもう少し回収してほしかった。それぞれの想いはかなっているのに、お互いはすれ違っているのは狙っているにしても報いが足りない気がする。(乾からだけの病的な片思いだったからといわれればそれまでだが、さくらに乾を思い出せない何かの足かせがあるのだと思いたい)ラスト付近の不穏要素は、また何かしら「ふりだし」に戻ることの暗喩だろうが、佐賀の呪い(佐賀県タイアップコンテンツであること)の制約上どうしても安易に完結させられないジレンマがあるのだからやむを得ない。佐賀県PR大使である以上、コンテンツが行き詰まりましたので辞退します。では許されないのだ。「きりきりはたらかんか~い!」ということで、本編の継続に限らずPR活動は続くのである。11話やっぱり途中フラフラし過ぎたと思うが、すごい巻きが入った感じでフィナーレに向かう流れに。記者もデレたので、一番不穏な要素はひとまず落ち着いている。いきなり停電と暗転、アジト沈下という表現の正体は佐賀豪雨だったらしい。実際には、佐賀市近郊は非常に水害に弱い地域だが、唐津市近郊はダムが機能しているのか、排水がいいのか、それほどでもない。歴史民俗資料館が流されるなどというと未曽有の災害だろう。最終回サブタイトルが「史上最大のSAGA」というのちょっと心配、これがウルトラ〇オマージュなら、幸太郎とさくらちゃんのどちらがダンでどちらがアンヌの役回りなのか、である。(巽が乾バレして去っていくのか、さくらが、ゾンビばれして活動停止||成仏するのか)今回の冒頭のさくらちゃんの体調不良の演出がダンの活動限界演出へのオマージュだとすると・・・最後の幸太郎への改まったお礼もフラグ立てちゃったような。個人的にはオマージュに走らずハッピーエンドにしてほしいね。10話1話で端折った、駅スタ失敗をちゃんと説明したのはいいとして、1年後の今?リベンジ出来る知名度や人気があるのかどうかの表現が不足。2期を見てきた限り、「え、まだ早いんじゃないの」というイメージ。個人的にはくゾンビばれ展開を突っ込んでくるけど、記者のキャラは分かりにくい設定で、最初のころの支援するような態度からすると、ためらいなく送信ボタンを押すのにはちょっとビックリ(停電で妨害されたが)まず、ゾンビィということに驚いたりしない世界観も不思議ではある。普通にサガコとか出没する世界観なのかもね。天気が良かったら鬼の鼻山にでも行ってみよう。9話8話と合わせて、ゆうぎりの過去をダイジェストではなく長尺の過去話として描いたエピソード。主人公的に描かれた「喜一」が何者だったのかはぼやけてしまったが、徐福が現在の徐福と同一人物っぽいのは分かる。(ロメロは?)前回からアイドル成分が少なかったですが、最後はゆうぎりのソロナンバーで締まりました。え?2クール放映なんですか?いや、それならもっとまったりやってもいいだろうし。8話ちょっと外伝的な話になってしまっている。が、これ3話構成だよね。ゆうぎり以外のキャラもそっくりさんを出してしまったりしているので、徐福やロメロなども、そっくりさんなのか100年前から同じキャラなのかがちょっと判別しにくい。佐賀の乱(史実)でなくなってしまった「佐賀を救う」というコンセプトにはきっちり乗っかっているものの、「アイドル活動で」という点はぼやけてしまっている。残り2話で駅スタリベンジすんの??既存のファンもちょっと戸惑っているんでは?7話なぜか引きずるゾンビばれ展開。新メンバー加入はいいのだが、1期1話オマージュでえらく唐突。メガネ巨乳は一時期のエロゲームのステレオタイプだが、メガネがないと、さくらちゃんとキャラ被り。「楪」(ゆずりは)は旧神埼郡佐賀郡山間部の地名・人名だが当地での実際の表記は「杠」。まいまい氏はゾンビばれ迎合の天然なので問題ないが、サブマリンキャラの記者はかなり不穏。記者らしく証拠集めも怠らないし、こういう要素って必要なん?6話なんと、たえちゃん回。歌わないし、そもそも話さないし。ダンスコンテストから競艇(からつボート)という流れに・・・確かに地元プッシュ回も必要だとは思うが、競艇はどうだろうなあ。まあ幸太郎の借金も解決したわけだが。ちょこちょこ進行していたゾンビばれの問題がここで顕著になるが、いやここでシリアス展開にしてしまうと、多分現在のファンから総スカンを食らうと。うやむやにするか不条理落ちにしないと、舵を取り違えますぜ。5話リリィ回です。1期では割と後半にもってきていたリリィ回。今回は早めに持ってきたが、なぜかリリィ回はしんみりとなる話。現在の天才子役との対決的内容だが、出来レースをにおわせる幕切れと、最初からリリィもそれを予想していた風で。あんまり勢いはなかったが、その辺がちょっとしっとり回。4話序盤からダラダラ引っ張るなよ。と思っていたが、今回のエピソードはすっきり2回で締めました。1期リスペクト?の純子×愛の絡みだったものの、どちらかといえば、純子主体のエピソードで新楽曲『激昂サバイブ』もアコースティックをエレキに持ち替えての純子ソロ。現役時イメージだとフォークソング歌っていた感じだけど、ハードなナンバーで締めてくれました。さすが伝説の昭和アイドル。続く『目覚めリターナー』で最終回かと思った。熱いのもいいが、個人的には2話のような地元プッシュの脱力回も挟んでいって欲しいのは欲しい。3話序盤から結構ねじ込んできた感じで。他界した時期が一番現在に近い平成アイドルフランシュシュ3号(水野愛)が生前センターを務めていた現役トップアイドルグループ『アイアンフリル』と対決するような流れ。一話完結せずに次回に持ち越し。愛が亡くなったのって何年前だったっけ?愛の元ファン?だったさくらちゃんは10年前に亡くなったんだし?ちょっと見直してみよう。愛が亡くなったのも10年前(さくらちゃんより数か月後)の設定だった。アイアンフリルは10年以上トップアイドルとして君臨しているってことですね。2話フランシュシュ(グループ名)2号(サキ)が主役っぽい話。サキは元レディースのリーダーでチキンレースでブレーキかけずに自爆して他界した人。気合とか根性とかが好きなタイプで、そんな彼女にピッタリの伊万里出身の強面俳優。をモデルにしたキャラとの邂逅が描かれている。んー?誰得なんだ?????「テメエらのサガしているものはサガにある!」ってサぶっぅ!!最後はホワイト竜(強面)から譲り受けた的ナンバーをサキのソロ主体で歌って締め!1話最初は通常のOPソングを流さないところも一期と同じ。しかし『小島食品工場の歌』ってなんぞや?まあ、あれだ。日帰りバスツアーとかに行くと立ち寄るような所だろう。なんでフランシュシュ(グループ名)メンバー全員地元企業でバイトしているのか?1期ラストに、唐津市ふるさと会館アルピノ(開店休業施設)でのライブで成功したくらいで、すぐに鳥栖市駅前スタジアム(そこそこの会場)でのライブを決行して大コケし、借金を負ったためです。彼女らのボスであるプロデューサーの幸太郎は腐って使い物にならなくなっている。で、振出しに戻る。という導入でした。最後はちゃんと新曲ではじけます。3Dモデルは少し良くなったような?

  • 3.00

    1期の面白さが感じられない普通のアイドルアニメ。追記、1期と違って笑いと驚きが圧倒的に足りない。

    雷坊や

    1期は出だしから衝撃の展開で登場キャラクターにまるでまとまりがなく、喧嘩あり発砲あり生首ビンタありと面白かったんですが、今作は1話ラストの歌からこっち面白みがないです。似たようなレビューの二番煎じな感想ですけど、普通にゾンビなアイドルがアイドルとして苦境に立っているだけで、ただのアイドルアニメみたいという評価しかだせませんね。1期は登場キャラそれぞれの生い立ちなどが良かった分だけ、2期は出だし以外は普通としか言いようがない。歌はいいのにドラマが亡くなってしまった感じ。4話のラストのロックは良かった。1期の頃から純子の歌声はアイドルソング的な方向性ではないと感じていただけに、ロック調には合っていると思う。あいかわらず歌以外の部分の面白さが1期に及ばないので、これからに期待。8話と9話でお腹がいっぱいになってきた。更新される最新話を見終えるのが苦痛というか、面白くなさすぎるお話が多くてキツイ。作品を無理に引き延ばそうとした結果、とてつもなくつまらない作品になってしまったという印象です。別の作品でもあったことですけどね。フルーツバスケットの1期はめちゃくちゃ面白かったのに、2期はつまらな過ぎて途中で見るのをやめた時と同じ状態に陥ってます。追記。11話、12話で一気に破天荒になったおかげで、なんとかラストまで視聴はできました。やっぱりライブ曲や挿入歌は良いんですよね。この作品の何が好きで何が面白かったか、ほぼほぼ忘れていたので1期を再視聴してみました。1期って出だしから破天荒で想像のつかない展開の嵐。そのうえちょいちょい笑いが差し込まれているので、まるで飽きないんですよね。サクラと幸太郎の掛け合いも面白いし、メンバーも暴れまわっているし、ぜんぜんまとまってない。まとまりがないからこそ、次にキャラクターたちが何をするのか想像もつかないです。さらに言えば各話のエピソードの切り替えも早いので、1話の中にいろいろな展開を差し込んで一時も視聴者をつかんで離さない良いアニメでした。そうやってキャラクターたちに十分に興味を持たせたあと、各キャラクターのエピソードを差し込んで深く印象付けているところが面白かった点なのかなぁと感じます。ライブも予想外の展開ばかりで、ゾンビなアイドルにしかできないお話だからこそ新鮮で楽しめたんでしょう。個人的に2期が楽しめなかった理由をあげていくなら、各話の笑いの減少(個人的にはこれが一番大きい)展開の切り替え速度の落ち着きキャラクターたちがまとまりすぎてしまったあとはゾンビである必要のない、ごくごく普通のお話が多かった笑いと驚きの喪失、なにより後半のキャラエピソードがつまらな過ぎたのが楽しめなかった原因なのかなと思います。ライブや歌は良かったので☆3で終了。

  • 3.00

    前作は超えられなかった……

    a

    (7話視聴までの感想です)やりたいことは分かる。新しいメンバーを入れてみたりとか、子役同士の戦いとか、謎に包まれていた山田たえについてとか。一期を踏襲しつつ、新展開を模索している印象は伝わってきた。ただ、その脚本の完成度が一期よりも低いように思える。新しいメンバーは登場シーンからしてドン引きだし(事故とはいえ幸太郎が死因になっており、その上死体遺棄までキメている。結果的には死んでいなかった訳ではあるが……)、子役同士の戦いはいまいち盛り上がらず(どう見てもリリィの方が高いパフォーマンスをしている)、たえちゃん回なのにほぼ彼女について語られていないし、愛がソロ活動をする理由をメンバーが自覚していない(依存に自ら気づいて離れていくのが本当なのではなかろうか)等々、アラが目立つ。面白くできる展開は考えられそうではある。たとえば新メンバーは唐突に加入するのではなく、2話使って前後編でじっくり描いたり(新メンバー加入というビッグイベントなのだから、1話から伏線を入れたりしてもいい)、子役の回は相手の子を凄く強くしたり、たえちゃん回はもうちょっと突っ込んだ描写にしたり、愛から精神的に自立するきっかけをメンバー各自が気づく場面を入れたりとか、色々やりようはある。何かに付けて非常に勿体ない。一期の完成度には遠く及ばず、時間的な制約があったのかなと邪推する。ゾンビ×アイドル×佐賀という滅茶苦茶な掛け算をして、美しい解を披露した一期の魅力には到底及ばない。ただひとつ良い点は、踊りは一期を凌駕しているということ。ただでさえ高かったCGのクオリティはアップしており、ライブの迫力は増している。しかし、それに付随する歌は印象が薄くなっている。一期では歌は物語に濃厚に絡んでいた。各メンバーがどうやって過去と折り合いをつけたり、乗り越えたりしたのかを説得力をもって示す役割を担っていたのが歌であり、それがアイドルものというアニメの特徴と相乗して非常に感銘深いものになっていた。一期最終話の「ヨミガエレ」はその例の最たるものだろう。それが二期にはない。とりあえず歌を入れとけ的な感覚で挿入されているように感じた。歌自体のクオリティは全く低くないのだが……。一期にはいわゆる「捨て回」はなく、どの話もメンバー各個人の本質や生き様に迫るもので、毎週わくわくしながら見ていたが、二期は「今週は一体どうなるのか……」とはらはらしながら見ている。果たして、これから上記のような悪印象な点を払拭して、捨て回もあったけど良かったよねのコンボから三期開始の流れに繋がっていったりしないだろうか……。そう淡い期待を抱かずにはいられない。

  • 5.00

    毎回スゴイ!

    ガンダ

    このアニメ全然知らなかったけど暇つぶしに見てみたらめっちゃ良くてビビるwアイドルモノなので作中にイロイロ歌が入ってくるけどそれがイチイチ素晴らしい。話もギャグありエモありテンポよしで見てて楽しい。今、4話見終えたとこだけどすでにクライマックスくらい満足感がヤバいwおススメ。

  • 3.00

    凄い……と、思っていた。だから黙って見ていれば安心と…思っていた…

    ロイヒつぼ漢

    現在4話まで視聴。前期は私もハマり倒したゾンビランドサガ、メインストーリーや楽曲もさることながら数々の伏線回収やコミカルだがきめ細かい描写・設定などで我々の度肝を抜いた平成最後の名作です。それだけに前期いくつかの謎を残したまま終了しやれ続編だとなった時は、私含めファンの人たちの思いはたった一つだったと言ってもいいでしょう、「どれだけ時間がかかってもいい、続編でも俺たちの名作のままでいてくれ!」それは続編への期待であり、同時に続編への傲慢ではあるけれどファンの不安の裏返しだったのです。しかし、しかしながらMAPPAはやってくれました。1話でまさかの幸太郎堕ちからはじまり、2話でこれまた回帰的でありながらサキちゃんの青春をで丁寧に描き、3-4話で純愛コンビの新たな境地をしっかりと描き切ってくれました。それだけでもう私はデスおじコンビのように号泣もんですよ。まだ前半走り始めたばかりで、前作でも残された謎もあるし、その先のシナリオが確実に良くなると保証なんてできませんが、きっとこの☆の数は変わらないことでしょう。ゾンビランドサガスタッフに敬礼!(古いオタの風習)↑はいここまでがジョジョ5部のセッコのように尻尾振って舌ヘッヘしてた私の姿です。かわいいですね~良ぉーーーしよしよしよしよしッ! ☆、変わりましたよッ!3個か!?辛めに3個ほしいのか?3個か・・・イヤしんぼめ!ここからが最終的に全話視聴した私の感想です。きっかけ、亀裂が生まれたのは色んな人が言うように第7話ですね。第6話まではよくある構成といえばそうなのですが、いわゆる続編ものの前作の展開をどこかトレースしつつ違いを見せていくような、クォリティ勝負の展開だったので私はただ感動していたわけです。だが、忘れていました「ゾンビランドサガは実際にサガ(伝説)である」ということを。伝説である以上、単なる日常ドラマものですませてはいけないわけですし、いつまでもその踏襲で話を見せていてはしまらないわけです。事実さすがに6話まで来ると私も少々食傷していましたし。で、不穏の7話です。突然死んだわけでもない単なるファンのメガネっ子(なんか妙に乳でかい)が登場して場をかき乱したあげくなぜかゾンビと知っても平気ですみたいな安心設計で、しかもせんでいいのにわざわざメンバー加入して歌までやらかしました。なんですか?これw個人的にみ〇みけという存在をぶち壊した某眼鏡を思い出すレベルですたい。8話の佐賀事変も舞台背景などガジェット部分はそれなりに調べられてはいるもののゆうぎりの過去、そしてゾンビランドサガの核心にも近くなるべき話なのにこれといった本筋へのかかわりも話自体のインパクトも薄くそれゆえ無駄に前後編した印象が強いのがうーん。ここで良くできているのは理解しているものの、私は結局本編最終話が放送されても、今日にいたるまでまるで何か記憶が途切れたかのように自然と視聴を止めていたわけです。ちなみにずっとアニメウマ娘見たり原神やってました。あれも最近飽きましたけど。で、今日通してみましたが結局のところつぎはぎみが結構強いんですよね。某豪雨災害をイメージした舞台で戦うフランシュシュたちという構図はとても印象強いのですが、これもとってつけた感じが強いというか、そもそもこの2期で何をしたかったかが残念ながら見えてこない。1期では死してなお夢を目指して不幸に抗う乙女たちという構図や、アイドルアニメらしからぬ尖った演出が印象深かったのですが、2期は佐賀に訪れた不幸と立ち向かう、にしてもやや味付けが薄い感じもあり、全体的な作画や楽曲、ダンスCGクォリティ、カメラ、一つ一つのシナリオは素直にいいね、と言いたくなるのですが1期の際のような良い意味でのギャップや落差が感じられなくなったのは本当に残念です!後半戦一番の見どころは11話の壁ドン時のさくらかな。相変わらずえっちな立ち姿でした。でもそこもどうせなら、壁ドンやるのはさくらの方がよかった。

  • 3.00

    前半は2期らしい2期。後半は…。

    ひつじ野郎

    2期全12話を視聴した上でのレビューとなります。ネタバレが含まれますのでご容赦ください。全体的にそういう持っていき方をするんだ…という印象です。具体的に言うと、・幸太郎のキャラ1期で「大見得切っているけど実はいつも綱渡りな人」という印象だったが、2期1話から思いっきり綱から落ちる。おまけに落ち方もあまり面白くないし立ち直り方も格好良くない。その後もちょいちょい頼りない幸太郎が出てくる。7話も冒頭こそ笑えるが計画遂行上やっちゃいけないことやりまくってない?あの格好良かった巽幸太郎はどこに…・純子の掘り下げ純子回は基本的に愛との対比になって、今と昔、グループとソロの違いという面ばかりクローズアップされ、生前の純子がどんな人物だったのかいまいち判然としない(イルカだったの?聖子ちゃんだったの?)。幸太郎に檄を飛ばされるかたちで立ち直るのも1期と変わらず。天丼と言えば聞こえは良いが…。アイドルについては愛に、芸能界についてはリリィにお株を奪われて持論を展開することもない。今後もキャラを盛られこそすれ、掘り下げられることはなさそうなのが悲しい。・身バレゾンビバレ、正体バレの深刻さが安定しない。1期のサキやリリィが生前を知る人と接触しても、そんな奇跡もあるかもね的な、各々が都合よく解釈してくれていたし、2期の愛もよく似てる程度で済んでいたのでその路線で行くのかと思いきや、記者が普通にツッコんでくる。それ自体はおかしくないのだが、生前を知る人(親族、関係者、ファン等々)が全然描写されないせいで、記者一人だけしか気づかないとかある?と頭にちらついてしまう。(周りが気付くのも時間の問題と劇中で言われているが、知名度が全国区になっても特に描写はない)ゾンビバレについても、警官は毎度発砲したり気絶したりと相当のショックを受けているのに対して、舞々やショッピングセンターの人たちは全く動じていない。舞々にいたっては「へーこれがみなさんの素顔なんすねー(ハナクソホジー」程度でフランシュシュと一緒になってゾンビバレに戦々恐々としていたのに肩透かしにも程がある。いくらファン補正がかかっていたのしても、一度はビビらなきゃ作品として成り立たなくなってしまうのでは。どうでも良いけどロメロって一般の人たちにどう見えてるんでしょうね。片目無いしつぎはぎなのに普通に出歩いてますけど…・佐賀事変大河っぽい何かに見せたかったのかもしれないが、まず佐賀県の成り立ちを知らないので、どこまでが史実に則っていて、どこからがフィクションなのかがわからない。劇中で「闇に葬られる」ともあるが、調べてみると佐賀県独立の嘆願以外全部フィクションっぽい。えぇ…。じゃあもっとコンパクトにまとめられなかったのだろうか…。また、ギャグなのかシリアスなのかもわからないまま始まり、おまけに2話構成と、視聴者の心の持ちようが難しい話だったのでは。そのほか細かいところを言うと、『佐賀事変』や『輝いて』といったアルバムだけに収録されて1期に放送されなかった曲が披露されたのは嬉しい反面、2期の新曲が相対的に少なくなって楽しみが少なくなってしまったとか、ゲスト声優に曲を歌わせるのは大人の事情があるのかなとか、豪雨災害が起きて格好の舞台だと思ったのかなとか、アイアンフリルや天才子役が被災地のライブをリモートじゃなく現地で観るのは叩かれるのではとか、やっぱりスキャットマン・ジョンって凄いんだなとか、とか…。3期があるような終わり方だったので、どう決着がつくのか楽しみにしたいと思います。個人的に1期から気になっていることですが、フランシュシュのみんなが家で風呂に入らず水浴びしかしない理由はあるんでしょうか。銭湯や温泉はメイクが取れてゾンビバレしてしまうため入れませんが、家ならその心配もなく…。お湯が体に不調をきたす訳でもないし、本人たちはむしろお風呂は好きと言っている。風呂が使えないわけでもない。幸太郎だけが風呂に入っているのはご時世的に火種になりそうなので、何らかの理由付けが欲しいところ…。

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